しにがみのバラッド。

言わずもがなのライトノベルの名作。奥付を確認すると初版が2003年ということで、7年ほど前の…あれ、今が2013年だから…えっ、2003年は10年前?本当に?…というわけなので、10年前の作品になります。メディアミックスも色々やっていたので知名度は高いものの、半月と本作のテレビドラマ化の際はインターネットが荒れてしまっていた記憶があります。今回は小説第一巻のみの感想なのであまり関係ない話ではありますが。


人のいのちを奪うのが仕事なのに、人一倍やさしくて変わり者だと呼ばれる死神の少女モモのお話。モモは物語の中心人物なのですが、作品はそれぞれ違う主人公によって語られるいくつかの章から成る連作短編といった風。といっても、章の間のつながりはほとんどなく、やはり作品を通しての主人公はモモです。
死神であるモモが関わるのだから、それは誰かのいのちが失われることで、全編を通して死の匂いと暗く悲しい雰囲気があります。それでもそれぞれの主人公達は誰かの死に接して、それを乗り越えたり向かい合ったりして自分の気持ちを一歩先に進める希望のお話でもあります。そんな希望があるが故に、モモの抱える悲しみが浮き上がってくるのです。生きることは死ぬこと以上に辛いこと。死ぬにしてもそれまでの生き方は変えることができること。どちらもモモができなくなったことで、だからこそ変わり者と呼ばれようが人が少しでも前向きに生きてゆけるような手伝いをしてしまうのでしょう。そして、モモは何よりも誰よりも優しいのです。人がいなくなって涙を流せるのは、悲しみだけでなく優しさもなければいけないに違いないでしょうから。


調べてみたところ、しにがみのバラッド。は12巻まで刊行されて完結しているようで、確かにたくさんの謎が脇にどかされたままになっているし当然なのですが、あとがき等から察するに著者としてはこの一作だけでも完結している作品として世に送り出したのでしょう。わからないことは残ったままだけれど、本作だけを読んでも十分に満足できるし、逆にこの不思議な余韻がまた心地よかったりします。悲しみと優しさの世界観が非常に好みなので余裕があれば追いかけたいものですが、うーん…12巻かぁ…。僕のこの一巻完結の作品の好きさってなんなんですかね。
主要登場人物がみんな高校生以下の若い子ばかりなのはちょいとばかりアレですが、ライトノベルは図書館の棚ではティーンズ文庫と表記されてるくらいだしこれくらい若い人物をどの話にも配さないと想定読者の感情移入に障害が出るのかなぁとかも思いました。こういう物語こそ年配の人物にスポットを当てて欲しいと思うのですが、まだ達していない人の気持ちを想像するのは難しいし、しょうがないですよね。もし僕が今小説を書けと言われたらある程度気持ちを推察し実感した学生を主体にしたお話になってしまうでしょうし。
あとは、イラスト担当の七草さんの名前をどこかで見たことあると思ってたのですが、テルミーのイラストも担当してるんですね。どこか似た雰囲気の作品にイラストを提供してるのは、雰囲気が醸成されている作家さんということなのでしょう。
最後に、本作の最強萌えキャラはダニエル。猫が主人公の相棒の作品は名作理論は割と正しいような気がする。